The Yangtze Xing Hua 高等法院・控訴院判決が確立した「無過失100%責任」の法理 —

1. 本判決の射程:なぜ実務担当者が把握すべきか

Inter-Club Agreement 1996(以下「ICA」)Clause 8(d)は、Clause 8(a)~(c)のいずれにも該当しない貨物クレーム(いわゆるsweep-up provision(残余条項))の責任分担を規律する。原則は船主・傭船者の50/50折半だが、「clear and irrefutable evidence(明白かつ反駁不能な証拠)」により一方当事者の「act or neglect(行為または怠慢)」に起因することが立証されれば、100%の責任が課される。

従来の実務では、100%責任の発動には何らかの「過失(fault/culpability)」が必要であるという理解が根強く存在した。The Yangtze Xing Hua 事件はこの前提を否定し、過失を伴わない「行為(Act)」であっても、それが損害の原因であれば100%責任が発生することを、仲裁廷→高等法院→控訴院の三審級で一貫して確認した。

傭船者が日常的に行う運航指示(配船指示・待機指示・貨物選定等)が、契約違反を構成しなくとも全額賠償責任に直結し得る点において、本判決の実務的インパクトは極めて大きい。


2. 事案の概要

2.1 事実関係

項目内容
本船Yangtze Xing Hua
傭船形態NYPE Trip Time Charter
貨物大豆ミール(Soya bean meal)
航路南米 → イラン
ICA1996年版をC/Pに取り込み

本船はイランの荷揚げ港に2012年12月到着。しかし傭船者は荷受人からの代金支払を受けておらず、本船に港外での待機を指示した。結果として本船は4ヶ月超にわたり錨泊。大豆ミールはその油分・水分含有量に起因する固有の性質により、密閉された船倉内で自己発熱(self-heating)し、2つのホールドで熱損が発生した。

仲裁廷は、傭船者が陸上保管コストの回避を目的として本船を「floating storage(浮体式倉庫)」として利用していたと認定している。

2.2 金額規模

荷受人からの貨物クレームは約500万ユーロ。船主は約260万ユーロで和解し、ICAに基づき傭船者への求償を求めた(未払傭船料約100万ユーロも併せて請求)。

2.3 法的争点

ICA Clause 8(d)の以下の文言の解釈が争われた。

(d) All other cargo claims whatsoever (including claims for delay to cargo):
50% Charterers / 50% Owners
unless there is clear and irrefutable evidence that the claim arose out of the act or neglect of the one or the other (including their servants or sub-contractors) in which case that party shall then bear 100% of the claim.

具体的には、「act or neglect」の「act」が有責行為(culpable act)に限定されるのか、それとも無過失行為も含むのか


3. 三審級の判断

3.1 LMAA仲裁廷

結論:傭船者の100%責任。

仲裁廷は以下の通り認定した。

  • 貨物損害の原因は、傭船者が積載した貨物の固有の性質と、傭船者の指示による長期間の錨泊待機の複合にある。
  • 船主・乗組員の貨物管理(温度モニタリング等)に対する不備の主張はすべて排斥。
  • 傭船者の待機指示は契約違反ではないが、ICA Clause 8(d)の「act」に該当する。

仲裁廷は次のように述べた:

“Either Owners or Charterers must bear the risk of something going wrong caused, on our analysis, by Charterers’ decision to not only protect their position but we sense actually profit from it. We can but conclude that this is a case where the ICA must regard Charterers’ decisions as an “act” falling within clause 8(d) and bear 100% of the consequences.”

3.2 高等法院(Teare判事)— [2016] EWHC 3132 (Comm)

結論:仲裁判断を支持。傭船者の控訴を棄却。

Teare判事は以下の論理を展開した。

(1)先例の参照
直接の先例は存在しないが、ヘーグ・ルールArticle IV Rule 3における「act, fault or neglect」の解釈に関するThe Giannis NK [1996] 1 Lloyd’s Rep. 579におけるHirst判事の判示(「act」は「fault」「neglect」と同義ではない)を参照。

(2)「act」の解釈
傭船者は、「act」は「neglect」と並列されている以上、「neglect」の色彩に染まり(coloured by)有責行為に限定されるべきと主張。しかし裁判所はこれを退け、「act」はculpableであるか否かを問わず、あらゆる「行為」を包含すると判示。

(3)ICAの機能論的解釈
ICAは過失(fault)を問うメカニズムではなく、貨物損害の「原因」に基づいて責任を機械的に配分するメカニズムである。過失の有無を判断基準に据えることはICAの「rough and ready(荒削りだが迅速な)」解決という趣旨に反する。

3.3 控訴院 — [2017] EWCA Civ 2107

結論:全員一致で控訴棄却。高等法院判決・仲裁判断を支持。

Longmore, Hamblen, Henderson各判事による控訴院判決は、以下の点で法理を確定した。

(1)ICAの「考古学」は無用
傭船者は、ICAの旧版(1970年版・1984年版)では過失(fault)が責任配分の前提であり、1996年版でこれを廃止する意図はなかったと主張。控訴院はICAの沿革的解釈(”archaeology”)は条項の文言解釈に資さないと退けた。

(2)Clause 8の各号は相互独立
傭船者は、Clause 8(a)(堪航性・航海上の過誤)や8(b)(荷役)が過失を前提としている以上、8(d)も同様であるべきと主張。控訴院はこれを否定し、8(a)~(d)の各号は過失を「包含し得る(encompass)」が「要件としない(require)」と判示。

(3)因果関係(Causation)が唯一の判断基準
Hamblen判事は次の通り述べた:

“The critical factual question under clause 8 is that of causation. Does the claim ‘in fact’ arise out of the act, operation or state of affairs described? It does not depend upon legal or moral culpability.”

ICA Clause 8の全体を通じて、責任配分の決定要因は「因果関係」であり、「有責性」ではない。

(4)50/50が維持される場面
控訴院は、50/50折半が適用されるケースとして、遭難信号への応答のために本船が変針した結果生じた遅延損害を挙げた。この場合、損害の原因は船長の変針判断ではなく、変針を引き起こした第三者の遭難状況そのものであり、いずれの当事者の「act」にも該当しない。


4. 判決の法理:構造的整理

本判決により確立された解釈枠組みを整理する。

4.1 Clause 8(d)の適用フロー

ステップ1:クレームは8(a)~(c)に該当するか?
    → Yes → 各号の責任配分に従う
    → No  → 8(d)へ進む

ステップ2:損害の原因を特定できるか?
    → No  → 50/50折半
    → Yes → ステップ3へ

ステップ3:その原因は一方当事者の「act or neglect」に帰属するか?
    → No(第三者・外部事象等)→ 50/50折半
    → Yes → 当該当事者が100%負担
    ※「act」に過失は不要。因果関係のみが判断基準。
    ※ただし「clear and irrefutable evidence」の証明基準を満たす必要あり。

4.2 「Act」と「Neglect」の関係

概念過失の要否
Act(行為)不要待機指示、貨物の選定、配船指示
Neglect(怠慢)要(不作為+注意義務違反)温度管理の懈怠、換気不履行

「act」と「neglect」は択一的(disjunctive)に機能する。「neglect」は本来的に過失を含意するが、「act」はそれ自体としては無色(neutral)であり、有責・無責を問わない。


5. 実務上のTakeaway

5.1 傭船者側のリスク認識

(1)「正当な権利行使」は免責事由にならない
待機指示、cargo nomination(貨物指定)、port nomination(港指定)等は、傭船契約上の傭船者の正当な権利行使である。しかし、その結果として貨物損害が発生した場合、ICA上は契約違反の有無を問わず100%責任を負い得る。傭船契約のレベルでは適法であっても、ICAのレベルでは全額求償されるという「二層構造」を理解する必要がある。

(2)商業的判断のリスク移転
傭船者がコスト削減や代金回収のために本船を浮体式倉庫として利用する場合、その判断から生じる貨物リスクは全面的に傭船者に帰属する。陸上倉庫コストとの比較において、貨物クレームリスクを織り込んだ意思決定が求められる。

(3)変質しやすい貨物への特段の注意
大豆ミール、穀物、水分含有量の高い貨物等を積載する場合、航海中の滞留リスク(待機・港湾混雑・制裁リスク等)を事前に評価すべきである。

5.2 船主側の実務対応

(1)証拠保全の徹底
傭船者の「act」が損害原因であることを立証するためには、「clear and irrefutable evidence」が必要。本船の航海日誌、温度記録、換気記録、傭船者との通信記録等を体系的に保全すべきである。

(2)自らの「act or neglect」の不存在の証明
傭船者からの反論として「船主側の管理不備(換気不足、海水浸入等)も損害に寄与した」という主張が想定される。船主としては、本船の管理が適切であったことを積極的に証明できる体制を維持する必要がある。

5.3 P&Iクラブ・クレームハンドラーの視点

(1)因果関係分析の重要性の増大
過失の有無ではなく、因果関係の特定がICA上の責任配分を決する。クレーム初期段階から、損害の物理的原因(physical cause)とそれを惹起した当事者の行為との紐付けを意識した調査が必要。

(2)50/50安易適用の抑制
「原因が複合的だから50/50」という安易な解決は、本判決後は通用しにくい。裁判所・仲裁廷は、原因が特定可能であれば100%配分を躊躇しない姿勢を示している。


6. 残された論点と今後の展望

6.1 因果関係の限界事例

控訴院自身が認めているとおり、因果関係の判断は過失の判断と同程度に困難な場合がある。控訴院はThe Anthanasia Comninos and Georges Chr Lemos [1990] 1 Lloyd’s Rep. 277を引用し、ほぼ同一の石炭ガス爆発事故でありながら、一方では乗組員の喫煙が因果の連鎖を断ち切り(break the chain of causation)、他方では傭船者の積荷指示が近因(proximate cause)と認定されたケースを指摘した。因果関係の認定は依然として個別事案ごとの事実認定に大きく依存する。

6.2 ICA 2011年版との関係

本件はICA 1996年版の解釈に関する判断である。ICA 2011年版はClause 8(d)の基本構造を維持しつつ、セキュリティ提供に関する規定を追加したが、「act or neglect」の文言自体は変更されていない。したがって、本判決の法理は2011年版にもそのまま適用されると解するのが自然である。

6.3 Clause 8(a)~(c)への波及

控訴院は、Clause 8の各号はいずれも「過失を包含し得るが要件としない」と判示した。この判示は8(d)のみならず、8(a)(堪航性・航海上の過誤)や8(b)(荷役)の解釈にも波及し得る。もっとも、8(a)・8(b)は類型的に過失を伴う場面が多く、実務上の影響は8(d)ほど大きくない可能性がある。


7. 結語

The Yangtze Xing Hua 判決(仲裁廷→高等法院→控訴院)は、ICA Clause 8(d)の解釈について以下の法理を確立した。

  1. 「act」は「culpable act(有責行為)」に限定されない。無過失行為も含む。
  2. ICA Clause 8全体を通じ、責任配分の決定基準は因果関係(causation)であり、有責性(culpability)ではない。
  3. 傭船者の商業的判断(待機指示、貨物選定等)が損害原因と特定されれば、契約違反がなくとも100%の責任を負う。

傭船者にとっては、自らの運航・商業的判断が従来想定されていた以上に厳格な結果をもたらし得ることを意味する。今後の貨物クレーム対応においては、「過失の有無」ではなく「どちらの行為が損害のtriggerか」という因果関係ベースの分析が不可欠である。


判例情報

審級引用
LMAA仲裁
高等法院Transgrain Shipping (Singapore) Pte Ltd v Yangtze Navigation (Hong Kong) Co Ltd [2016] EWHC 3132 (Comm)(Teare判事)
控訴院Transgrain Shipping (Singapore) Pte Ltd v Yangtze Navigation (Hong Kong) Co Ltd [2017] EWCA Civ 2107(Longmore, Hamblen, Henderson各判事)

関連判例

  • The Giannis NK [1996] 1 Lloyd’s Rep. 579 — ヘーグ・ルールArt IV r.3「act, fault or neglect」の解釈
  • The Strathnewton [1982] 2 Lloyd’s Rep. 296; [1983] 1 Lloyd’s Rep. 219 — ICAの趣旨・性質
  • The Benlawers [1989] 2 Lloyd’s Rep. 51 — ICAのknock-for-knock的性質
  • The Anthanasia Comninos and Georges Chr Lemos [1990] 1 Lloyd’s Rep. 277 — 因果関係認定の困難性